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菊勇酒造
山形県酒田市黒森字葭葉山650番地

菊勇酒造


文治5年(1189)、4代泰衡が倒され、平泉藤原氏は滅亡を迎えます。伝承によれば、この時、秀衡の妹、徳の前、あるいは後室、 泉の方とも言われる女性が、36騎の従臣たちを従えて、立谷沢に落ちのび、さらに酒田に逃れました彼女は泉流庵と名づけた尼寺を 建て、藤原一門の冥福を祈り、90歳でなくなるまで静かな日々を送りました。そして、三十六人の遺臣達は地侍として住み着き、 回船問屋を営んで港の繁栄を支えました。この三十六人がいわゆる三十六人衆の始まりであるといわれています。

そして、時代は戦国時代を迎えます。庄内地方でも豪族が入り乱れて、その興亡は激しいものでしたが、上方の堺や桑名のように、 酒田は三人の月番で12ヵ月、町行事、町政を担当する三十六人衆を中心に、自由都市としての発展を続けてゆきました。

戦国時代の末には、最上義光が庄内を治め、酒田の豪商池田惣左衛門に「鐙屋」の屋号を与えました。寛永年間には、鐙屋は 三十六人衆の筆頭に数えられ、井原西鶴の「日本永代蔵」に「北の国一番の米の買い入れ、惣左衛門という名を知らざるはなし」と 書かれるほど、全国でも有数の米問屋だったのです。元和8年(1622)、最上氏に代わり、信州松代から酒井忠勝が、庄内藩の藩主と して入部し、以降、明治維新までの250年間、庄内の地を治めました庄内藩は鶴岡の鶴ヶ岡城を居城とし、酒田の亀ヶ崎城には城代を 置きました。けれども酒田は、変わらずに自由な町人の町であり、三十六人衆が団結して揺るぎない自治体制を敷いていたのです。

酒田三十六人衆は酒田町組という町組織を掌握し、町政を担当していました。彼らは平泉藤原氏の武士であるという誇りを持ち、 酒井家の入部に際しても、「二君に仕えずなどと申し上げ」と、武士になろうという野心もなく、町人になりきっていました。 これに対して庄内藩では、名字、帯刀を許し、宅地に対して無税としていました







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